リン酸鉄リチウム系のリチウムイオンバッテリーについて

リチウムイオン電池

リチウムイオン電池は、近年、大きな注目を集めています。その主な理由は、エネルギー密度が高く、エネルギー量の割にコストも安価であるためです。  しかし、リチウムイオン電池には欠点もあります。 そのひとつに安全性の問題があります。他の二次電池(充電池)である鉛蓄電池やニッケル水素電池の電解液が水であるのに対して、リチウムイオン電池の電解液は危険物である有機溶剤が使用されています。また、電池の耐久性にも問題があります。しかし、最近では、リン酸鉄リチウムを使った新しいタイプのリチウムイオン電池が開発されており、これらの問題を解決する可能性があります。テスラや中国の電池メーカーは早くもリン酸鉄リチウム系の電池を生産や販売を始めています。

では、リン酸鉄リチウム系のリチウムイオン電池には弱点はないのでしょうか?名前から使っている材料が通常のリチウムイオン電池と違いそうですが、そこがどういう性能の違いに繋がり、さらにどういうメリット、デメリットに繋がっているかを解説したいと思います。
皆様がリチウムイオンバッテリーを選定するための一助となれば幸いです。

リン酸鉄リチウム系の特徴

リチウムイオン電池の構造

まず説明のためにリチウムイオン電池の中身の構造を簡単に示したのが左の図です。


正極集電体正極活物質からできた正極と、負極集電体負極活物質からできた負極がセパレータを挟んで向かい合った構造をしています。活物質の隙間には電解液が充液されています。セパレーターは電子を通さずリチウムイオンは通れる構造になっており、充放電の際にリチウムイオンが正極活物質と負極活物質の間を行き来します。

リン酸鉄リチウムとは、リチウムイオン電池の中で使われている正極活物質の一種になります。

リン酸鉄リチウム(LFP)とは

構造式はLiFePO4で、リチウム、鉄、リン、酸素が構成元素になります。

リン酸鉄リチウムは正極活物質の一種で、前の図では青い粒子状の物質になります。実際の粉は黒く大きさは20μm(1mmの1/50)にも満たない小さな粒子です。

下表でリン酸鉄リチウムと、他の代表的な正極活物質(三元系というニッケル、マンガン、コバルトから作られる活物質や、ニッケル、コバルト、アルミからなるニッケル酸リチウム)と比較しています。
なお、リン酸鉄リチウムがひとつの化学式LiFePO4であるのに対して、他の2種類の活物質は金属元素の比率がメーカーによりチューニングされており、化学式としては、例えば三元系ではLiNixMnyCozO2といったような幅のある構造式であったりします。よって性能にも製品によって幅があるのであくまで代表値ということでご理解ください。

リン酸鉄リチウム三元系ニッケル酸リチウム
略称LFPNMCNCA
化学式(代表的)LiFePO4LiNi0.33Mn0.33Co0.33O2LiNI0.8Co0.15Al0.05O2
結晶構造オリビン層状岩塩型層状岩塩型
セル電圧(V)3.23.63.6
容量(mAh/)150160190
サイクル耐久性長い短い短い

サイクル耐久性については設計や使い方次第ですので、あくまでセル電圧の上限まで使いきるといった使い方をした場合を定性的に示しています。

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三元系(NMC)やニッケル酸リチウム(NCA)との違い

結晶構造

リン酸鉄リチウムと三元系、ニッケル酸リチウムが正極活物質で、それぞれの結晶構造に違いがあるということを前の項で述べました。この影響は性能としてどのように表れるのでしょうか。

下の図はリン酸鉄リチウムのオリビン型、三元系やニッケル酸リチウムなどの層状岩塩型の未充電状態における結晶構造を示したものです。黄色い球がリチウムイオンです。

リチウムイオン電池を充電するとリチウムイオンが正極活物質から放出され、負極活物質に充填されていきます。
三元系、ニッケル酸リチウムの層状岩塩構造では、リチウムは結晶中の一層を形成しており、充電によりリチウムが負極に出ていくにつれて、構造が不安定になります。

対してリン酸鉄リチウムの場合は、リチウムイオン以外の元素で作る安定な結晶骨格の中にリチウムが格納されているような構造をとるため、リチウムが抜けても構造は安定です。

過充電や高温に対する安定性

過充電によりリチウムイオンが多く引き抜かれたり、リチウムが抜けた不安定状態で高温に晒されると、三元系、ニッケル酸リチウムの場合は、結晶構造が壊れて、酸素が放出され、条件によっては発火に至ります。上の結晶構造を家に例えるとリチウム以外の元素でできている床を、支えているリチウムという柱の大部分が抜けている状態ですね。
対してリン酸鉄リチウムの場合は、床も柱もリチウム以外の元素でできているので、結晶構造が安定で、過充電や高温にも強く安全性が高いことが特徴になっています。

容量

結晶構造の違いにより生じる差として、どれだけリチウムイオンを供給できるかの性能を示す容量があります。先の結晶構造から、リン酸鉄リチウムは構造が頑丈であるのと引き替えに、リチウムイオンを格納できるサイトが少なくなります。

分子量をみても、リチウムの分子量が6.9に対して、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)が158、三元系(LiNi0.33Mn0.33Co0.33O2)、ニッケル酸リチウム(LiNi0.8Co0.15Al0.05O)が96~98なので、
   リン酸鉄リチウムが6.9÷158=4.4%
   三元系、ニッケル酸リチウムが6.9÷(96~98)=7.0~7.2%
リン酸鉄リチウムのほうがリチウムの含有率が少ないのです。

充電の際は、
リン酸鉄リチウムが4.4%のうち90%を充電に使えるのに対して、三元系、ニッケル酸リチウムは7.0~7.2%のうち70%ほどしか使えません
よって容量は、リチウム含量の比率ではなく、リチウム含量(%)×充放電に使えるリチウムの比率(%)の比になっています。

動作電圧

リン酸鉄リチウムは三元系、ニッケル酸リチウムよりも、充電した際の電圧が低くなっています。これはそれぞれの化学式、構造により決まってくるものです。リチウムイオン電池の電圧は、常に一定というわけではありません。満充電状態(100%)時の電圧と、50%時、1%時の電圧は充電容量が減るほど小さくなっています。動作電圧とは0~100%の充電状態における平均の電圧を指しています。

耐久性

一般的に三元系、ニッケル酸リチウムを用いた電池よりも、リン酸鉄リチウムを用いた電池のほうが、圧倒的に耐久性が高いです。耐久性に差が出る要因の大部分は、電解液の分解によるもので、正極活物質そのものの劣化ではありません。使用条件により異なりますが、少なくとも2倍、10倍の違いが見られます。なぜ正極活物質によって電解液の分解に差が生じるのでしょうか。

これは先ほどの動作電圧の違いに由来します。
充電時は正極は強い酸化環境にさらされます。電圧が高いほど酸化反応が起こりやすくなっており、この電圧がリン酸鉄リチウム系の電池では三元系、ニッケル酸リチウムより約0.4V低くなっています。これにより電解液の分解がより起こりにくくなっています。

正極、負極における主な副反応は電解液の酸化分解と還元分解です。正極における電解液の分解によりガスや副反応生成物が電極内部に発生します。ガスや副反応生成物は、もともと正常であった、電子、リチウムイオンの移動を阻害しますので、抵抗が上昇し、充放電に寄与できるリチウムイオンの数が減り容量が低下します。

この酸化分解の程度がリン酸鉄リチウムは電圧が低いため圧倒的に起こりにくくなっていることが、耐久性がよい要因になります。

エネルギー量

エネルギー量の単位はWh(ワットアワー)やkWh(キロワットアワーになります。これは電池の容量(mAh)と電圧(V)の掛け算で電力量ともいいます。

リン酸鉄リチウムの場合、三元系、ニッケル酸リチウムよりも、セル電圧が低く、容量も小さいため、エネルギー量も低くなります

セル電圧、容量、エネルギー量を下表に示しました。実際の電池の容量は中に含まれる活物質の量や、負極活物質の種類によっても変わるものなので、数値の絶対値自体の意味は無視して頂き、比率に注目して頂くと、リン酸鉄リチウムの電池のエネルギー量が他と比べてかなり小さくなっています。

リン酸鉄リチウム三元系ニッケル酸リチウム
略称LFPNMCNCA
セル電圧(V)3.23.63.6
容量(mAh/g)150160190
エネルギー量(Wh)0.480.580.68
エネルギー量比率0.700.841.0
正極活物質を1g使った場合の電池のエネルギー量(実際は充放電効率や、使う負極活物質の種類によって変わります)

稀少性

リン酸鉄リチウムは、構成する元素がリンと鉄とリチウムと酸素なので、資源的にも豊富な元素から作られるのに対して、三元系、ニッケル酸リチウムの構成する元素はレアメタルと言われ、埋蔵量も極めて少ない元素になります。
今後、EV向けの需要が伸び、その電池を三元系やニッケル酸リチウムを使った場合、間違いなくいずれかの元素の生産が需要に追い付かなくなります。

It’s Elemental — The Periodic Table of Elements”. Jefferson Lab. 2022年8月16日閲覧

重量価格

レアメタルを使った三元系やニッケル酸リチウムは、レアメタルの生産量が少ないため、原料コストが高くなります。その点リン酸鉄リチウムは高単価な元素せず、これらの元素の埋蔵量も十分に残されているので、活物質の原料費も安くでき、将来資源が枯渇して作れなくなるという心配も少ないです。

Wh当りの価格

電池にした時の価格はどうでしょうか?電池ではよくエネルギー量(Wh)当たりの単価で、コストを比較します。単位としては(円/Wh)です。1Whのエネルギー量当たりいくらで電池がつくれるかを示した指標になります。リン酸鉄リチウムはニッケル酸リチウムにくらべてエネルギー量は約0.7倍でした。このため同じエネルギー量の電池を作るためには、
ニッケル酸リチウムよりもリン酸鉄リチウムは1÷0.7=1.42倍も活物質が必要になります。

このため重量価格はリン酸鉄リチウムのほうが安いにも関わらず、Wh当りの価格に直すと、リン酸鉄リチウムのほうが単純には安くはならないのです。

リン酸鉄リチウムの活物質は安いから、電池も安いといった記事が良くみられるのですが、実際は電池はコストダウンできないケースがほとんどです。

リン酸鉄リチウム系のメリットデメリット

それぞれの電池の性能のメリットデメリットを〇、△、×でまとめました。具体的な数値を出すにはバッテリーのサイズや使用条件を色々と前提を置く必要があるので、載せられていませんが、傾向としては以下の表の通りです。

リン酸鉄リチウム 三元系ニッケル酸リチウム
重量エネルギー密度(Wh/kg)×
体積エネルギー密度
(Wh/L)
×
サイクル耐久性××
安全性××
電池のコスト(円/Wh)
原料の持続可能性××

リン酸鉄リチウム系リチウムイオン電池の弱点はエネルギー密度になります。EV用や大型蓄電池向けなどの大容量バッテリー用途では、リチウムイオン電池を複数組み合わせて使うのですが、その際の構造を簡素化、部品点数を減らすことで、バッテリー筐体中の電池の比率を上げることで重量エネルギー密度や体積エネルギー密度を向上させるなどの対策が取られています。
EV用に中国のCATLやテスラがリン酸鉄リチウム系の電池を採用し始めているのも、三元系やニッケル酸リチウム系では、安全性向上のため電池パックの内部構造を、セル、モジュール、パックという3段階構造を取っているのに対して、リン酸鉄リチウム系ではセルtoパックという、モジュールをなくしてしまい、活物質以外の無駄な部分をそぎ落とした構造をとって、エネルギー密度を向上させていることによります。

選択の際のポイント

リン酸鉄リチウム系の電池の特長である、耐久性と高い安全性は、正極活物質がリン酸鉄リチウムであることに由来するものであるため、他の正極材料では到達しえないレベルの差を有しています。耐久性の観点では負極にチタン酸リチウムを使用した電池なども考えられますが、正極の活物質だけでこのレベルをだせるのは今のところリン酸鉄リチウムだけです。

安全性については電池そのものよりもシステムでの対策により、異常発熱や発火などが起こる可能性は極めて低くなっているのが今の電池です。安全性での差は出にくくなっていますので、リン酸鉄リチウム系の電池を選択する決め手はやはり、圧倒的な長寿命を必要とする用途ではないでしょうか?
ただし、リン酸鉄リチウム系電池の長寿命は用途や使われ方によっては過剰すぎる可能性もあります。それだけの耐サイクル性が本当に必要なのか、エネルギー密度面で我慢して使っていることはないか、よく考えて選択しましょう。

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